育児休暇に入る女性が職場の同僚に贈る「育休クッキー」をSNSで紹介したところ、「配慮が足りない」「幸せアピールが不快」「クッキーを配る必要がない」などと大きな議論を巻き起こしました。
赤ちゃんのイラストが描かれた可愛いクッキーを製造しているメーカーは、「10年間、一度もクレームはなかった」と突然の騒動に困惑しています。
最近では、SNS上で子育てしながら働く人々を「子持ち様」と揶揄するなど、子どもを持つ人と持たない人との間に溝が広がっているように見えます。
なぜ「育休クッキー」の投稿がこれほどの論争を引き起こしたのでしょうか。
その背景について、育児休業や時短制度に関する課題を法政大学キャリアデザイン学部の武石恵美子教授に伺いました。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
職場での不満の蓄積とその爆発
――今年4月の「育休クッキー」騒動についてどう感じますか?
これまでも、育休や短時間勤務の制度を利用する一部の人々が仕事上の責任を果たさず、同僚が忙しくなるという意見がありました。子どものいない人や独身者がクッキーを受け取ると不快に感じる場合もあるでしょう。育休クッキーの投稿をきっかけに、さまざまな思いが表面化したのでしょう。
ただ、「炎上」すると、多くの職場で対立が生じているように見えますが、それは一部であり、実際には支援する職場の方が多いと思います。それでも、育休や時短の利用により職場に負担がかかるという指摘は確かです。現場で解決していた問題が利用者の増加により限界を迎え、さまざまな不満が噴出しているのではないでしょうか。
不満を解消するためには、制度の正しい理解と、利用者とサポートする同僚への適切な評価が求められています。
育休制度の変遷:「福祉的なもの」から「仕事との両立」へ
1992年に育児・介護休業法が施行されましたが、当時は多くの女性が出産のために仕事を辞め、施行後も10年以上、就業継続する女性は増えませんでした。当時、育休制度は「子どもを育てるために休む」という福祉的な意識で運用されていましたが、次第に「仕事を続けるために一時休む」「育児と仕事の両立」という本来の目的で運用されるようになりました。
制度の趣旨を理解しないまま権利として行使すると、同僚との対立が生じます。まずは制度の趣旨を利用者も同僚も理解する必要があります。
多様なライフスタイルを尊重する評価制度の導入
――育休制度の利用における職場の評価制度はどうあるべきでしょうか?
育児問題だけでなく、介護やスキルアップのための勉強など、多様なライフスタイルを考慮した制度設計が必要です。育児だけを特別扱いしないことで、働き方の改革が全従業員の共通テーマになります。また、評価制度は仕事の成果に基づくべきであり、制度利用者とサポートする同僚の不平等感を解消できます。
育休制度の抜け穴を支えるための対策
――不平等感を解消するために会社側はどのようなことができますか?
育休利用者の代替要員を雇うことも一つの手段です。現場の裁量度が高い海外では、必要に応じて人を雇うこともありますが、日本では人件費の現場への配分が主流ではありません。時短勤務者の経験やスキルアップを期待する柔軟な対応も重要です。
労働をめぐる社会の未来像
――これからの労働をめぐる社会をどう考えますか?
労働力人口が減少している中、企業は従業員のライフスタイルを意識した取り組みをしないと選ばれなくなります。仕事と子育ての両立は男女共通の課題となり、育休クッキーに込められた「ご迷惑をおかけします」という意識は不要でしょう。「明日から休みます。戻ったらまた働きます」という挨拶で十分だと思います。
育児中の親が「ごめんなさい」と言わずに済む社会を目指し、お互い様として受け入れるべきです。
【プロフィール】
武石恵美子(たけいし・えみこ)。法政大学キャリアデザイン学部教授。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(社会科学)。労働省(現厚生労働省)などを経て2006年から法政大学。専門は人的資源管理論、女性労働論。著書に『仕事と子育ての両立』(共編著、中央経済社)など。厚労省の労働政策審議会委員。
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